はじめに
こんにちは、元吉です。AIトランスフォーメーション推進部(通称 AX部)で「プロダクト業務へのAI浸透、全社員のAI活用レベル向上」というミッションに取り組んでいます。
プロジェクトの進捗報告や課題の特定に追われ、本来注力すべき課題解決の時間が奪われていませんか?本稿では、この問題を解決するため、私たちが取り組む『AI-PMO』というコンセプトをご紹介します。
日々のチャットや議事録といった膨大な『アクティビティログ』からAIがプロジェクトの現状を正確に読み解き、次の一手を提示する。これにより、人間は進捗確認といった『過去を振り返る作業』から解放され、『未来に向かって何をするか』という本質的な議論に集中できます。そんなAI前提の業務プロセス が、私たちのチームでは現実のものとなりつつあります。
背景|AIネイティブな組織への挑戦
私たちAX部は「AIネイティブなビジネススタイルへの変換」を全社横断でリードするCTO直下組織です。リードするからにはまず自分たちから、ということで「AIを徹底活用し、生産性10倍!」の目標に部全体で挑戦しています。 また、カカクコムでは「プロダクト開発の全工程で生成AIを徹底活用し、開発生産性を2倍に引き上げる」という方針を掲げており、その一環としてCursor関連で以下の取り組みを実施しました。
- 初期ターゲットとして全エンジニア約500名にCursor導入 | 4月初旬
- 企画職とデザイナーへも順次拡張
- 企画職・管理職を対象にAIPMシステム(miyatti氏作)のセミナーやハンズオン会を開催
AX部では、AIPMシステムをベースにしたカスタムパッケージを導入し、『Start with AI』のスローガンのもと、プロジェクトの初期計画からCursorを活用しています。
CursorとAIPMシステムの導入により、人とAIが計画書や仕様書といった「成果物」を共有でき、都度のインプットは不要になりました。この連携をプロジェクトの全工程にわたって伴走できるレベルへ引き上げることで、生産性をさらに向上させられるはずです。その実現手段として着想したのが、AIがPMOとして機能する『AI-PMO』というコンセプトです。
課題|本当の意味で「AIと伴走」するには?
PMOの役割は、プロジェクトが円滑に進行するように全体を支援する、いわば参謀役です。主要な業務として以下の4つが挙げられます。
- ①現状把握: プロジェクトを取り巻く情報を多角的に収集・分析し、潜在的な課題やリスクを早期に発見する。
- ②路線提示: 状況分析に基づき、プロジェクトが進むべき方向性や選択肢を提示し、PMの意思決定を支援する。
- ③業務調整: 提示した路線に沿って、具体的な計画やタスクを調整・最適化する。
- ④情報伝達の円滑化: 関係者間の認識のズレや情報伝達の漏れを防ぎ、円滑なコミュニケーションを設計・管理する。
PMOの業務は、プロジェクトの全プロセス、全メンバーに関わります。もしAIがこれらの業務を高いレベルで代行し、プロジェクト全体をオーケストレーションできれば、AIとの真の『伴走』が実現できるはずです。
ここで強調したいのは、AI-PMO は「AIをもっと使おう」という意識改革ではなく、AIを前提に業務フローそのものを再設計する業務改革という点にあります。報告・意思決定・タスク調整といった主要プロセスにAIを組み込むことで、「AIを使う」という選択肢を意識させず、組織全体が持続的にAIの恩恵を受けられる状態を目指しています。
また、PMO業務はPMが兼務することも多く、PM本来の業務時間を奪いがちです。AI-PMOの実現は、PMをノンコア業務から解放し、本来取り組むべき課題解決に注力できるようになるという効果も期待できます。 私たちはAI-PMOの実現に向け、まず特に重要な「①現状把握」と「②路線提示」の2つをスコープとしました。
仮説|AI-PMOの鍵は「アクティビティログ」にあり
AIがPMOを担う上で、最も重要な要素がコンテキストです。Cursorのプロジェクトフォルダには、計画書や設計書といった『静的コンテキスト』は揃っています。しかし、AIが本当に把握すべきなのは、それらの成果物が生まれるまでの活動の履歴、すなわち『動的コンテキスト』です。
有能なPMOやPMは、現在の進捗や成果物といった断面情報だけでなく、チーム内の議論、発生した課題と対応、ステークホルダーの期待値、メンバーフォローの状況、そして無数の意思決定など、日々の活動すべてを把握しています。この動的コンテキストにこそプロジェクトのリアルな姿が凝縮されており、課題やリスクを発見する鍵が眠っている。私たちはそう考えました。

プロジェクトの状態を構成する静的・動的コンテキスト
そして、私たちが『動的コンテキスト』の源泉として着目したのが、各種ツールに残された『アクティビティログ』です。 チャット、会議録、タスクのコメントなど、各種業務ツールには意思決定の背景や過程が散りばめられています。これらの『アクティビティログ』を収集し、AIにコンテキストとして渡すことで、AIが『現状把握』をマスターすれば、その卓越した分析能力によって『路線提示』も実務レベルで遂行できるのではないか。これが私たちの立てた仮説です。
検証|エスカレーション業務の代替
検証ユースケースの選定
仮説を検証するユースケースとして、私たちは「エスカレーション業務」を選びました。 この業務は、扱う情報の粒度や判断基準が異なる実務層・管理層・経営層をつなぐハブの役割を果たします。各層が求めるレベルの報告をAIが適切に生成できるかを検証することで、アクティビティログがAI-PMOの実現に足る情報源となるかを判断できると考えました。

エスカレーション業務における各層の情報と観点
対象ログの選定
取り込むアクティビティログの初期ターゲットとして、プロジェクトの経緯や意思決定の背景が豊富に含まれるであろう、以下の3つを選びました。
- チャット: プロジェクトマネージャーが参加する関連チャンネル・スレッドの会話ログ
- 会議録: AIが自動生成したオンライン会議の議事録
- AIとの会話ログ: Cursorの拡張機能によりローカルに保存した、AIとのやり取りの記録
チャットや会議録には、プロジェクトに関する相談や意思決定がそのまま記録されています1。この2つだけでも十分そうですが、「AIとの会話ログ」も対象に加えたのは、冒頭で説明したとおり、私たちがプロジェクト計画書の作成からCursorで行っているためです。Cursorの会話ログには、成果物を生み出すまでの試行錯誤や意図が詰まっていると考えました。
結果|AIが生み出した「未来志向の議論」という価値
アクティビティログの有用性
各層で定性評価を行った結果、プロジェクト報告、エグゼクティブサマリともに、アクティビティログがプロジェクトの現状を捉えるのに十分な情報を含んでいると判断できました。 以下に、各レポートの抜粋と評価ポイントを一部ご紹介します。
検証結果① プロジェクト報告|実務層→管理層のエスカレーション
WBSや成果物といった『静的な情報』だけでは見落とされがちな顕在課題をログから読み取り、タスクの追加を提案しています。

過去の経緯を踏まえた指摘があるうえ、スケジュール遅延という状況に対して、影響を及ぼしそうな要因の洗い出しもされています。

検証結果② エグゼクティブサマリ|管理層→経営層のエスカレーション
『静的なアウトプット』では詳細化が難しい関係者との調整実態や、定量的な進捗といったファクトが含まれています。

AI-PMOの導入効果
効果①|現状把握の劇的な効率化
PMはプロジェクトの全体像を把握していても、その詳細をつぶさに捉えるには時間がかかります。記憶を頼りに、チャットの会話、オンライン会議の議事録、個別のタスク管理ツールなどを探し回り、メンバーに確認するといった、散在する情報を手作業で集める手間が不要になりました。
効果②|各層のセルフマネジメント強化と本質業務へのシフト
担当者によるレポートの粒度や観点のばらつき、無意識のバイアスが排除され、誰が実行しても一貫性のあるレポートを作成できるようになりました。 その結果、報告者はアウトプットを通じて自身に欠けていた観点や考慮事項に気づくことができ、より質の高い議論に向けた準備ができます。 また、会議の場で事実確認に時間を費やす必要がなくなったため、成果物のレビューや次の一手の検討といった、より本質的なマネジメント業務に集中できる時間が増えました。
詳細|高品質サマリを実現する技術的アプローチ
アクティビティログから質の高いサマリを安定して生成するには、いくつかの工夫が必要でした。AIが安定して高い性能を発揮するには、入力データの品質が鍵を握ります。ここでは、特に重要なポイントをご紹介します。
段階的な処理フロー
処理のポイントは、膨大なアクティビティログを直接処理するのではなく、日次でサマリを生成し、サマリを基に週次のプロジェクト報告を作成する2段階構成にした点にあります。日次サマリ生成を挟むことにより、効率的な情報集約と情報の圧縮を図り、データ量の課題をクリアしつつ、プロジェクト報告の精度向上を目指しました。
- 日次サマリ生成: 各種アクティビティログを収集し、分析・要約する。
- 週次のプロジェクト報告生成: 1週間分の日次サマリを統合し、プロジェクトに関する情報を抽出する。
- 週次のエグゼクティブサマリ生成: 複数のプロジェクト報告を統合する。

処理フロー概要
ログ収集の最適化:MCPではなく、なぜAPIを選択したのか
各ツールからのアクティビティログの収集は、当初Cursor上からMCP経由での取得を試しましたが、安定運用の観点からAPIを直接呼び出す方式に切り替えました。その理由は、MCPの特性とバッチ処理の相性にあります。
- 状態管理の課題: 多数のSlackチャンネルを順次処理する際、Agentがどこまで処理を完了したかの状態を正確に維持できず、処理がループしてしまうケースがありました。
- 実行の非決定性: MCPの利用はAIに判断が委ねられるため、定型的なバッチ処理においては、その非決定性が不安定さを生みます。プロンプトによる厳密な制御にも限界がありました。
MCPは、インタラクティブな対話を通じて動的に処理対象を探索するような用途には絶大な効果を発揮します。しかし、今回のように「決まったデータを」「定期的に」「漏れなく」取得する用途には、APIを直接呼び出す方が堅牢だと判断しました。
長文処理と本質抽出のためのモデル選定
膨大なログデータを一度に処理する長文処理能力と、大量の非構造化データから重要な情報を見抜く本質抽出能力が求められます。これらの要件に加え、コスト効率やバッチ処理性能も考慮した結果、Cursor上で直接処理するのではなく、スクリプトからGoogleのVertex AIを呼び出す方式(Cursorからスクリプトを実行)を選択しました。
LLM制御とアウトプット品質の安定化
構造化されたフォーマットの維持:
LLMは強力な反面、出力を特定のフォーマットに安定させるためには工夫が要ります。テンプレートを明示しても、勝手に追加の見出しを加えることがあります。地道ではありますが、下記のようにプロンプト内で厳密に指示し、複数回のテストと調整を繰り返すことで、フォーマットの一貫性を担保しました。
最終指示(LLM向けの内部指示) 1. 上記テンプレート通りに出力してください 2. セクションの重複は禁止です 3. テンプレート以外の追加セクションは出力しないでください
複数情報の高度な統合・要約:
複数のログ情報を横断して重要点を抽出し、一貫性のある「エグゼクティブサマリ」として再構成させる必要がありました。また、複数のレポートで同一の事象に言及されている場合もあります。これはAIにとって比較的高度なタスクのため、サマリの粒度や視点をコントロールするプロンプトの設計が肝となります。
複数レポート統合処理の指示(LLM向け) 同一プロジェクトで複数のレポートが提供されている場合は、以下のように処理してください: 1. **時系列統合**: 複数レポートは時系列順に並んでいるため、最新の情報を優先しつつ、期間全体の進捗変化を分析 2. **進捗の変化を分析**: 前のレポートから最新レポートへの進捗変化、課題の解決状況、新たな課題の発生を把握 3. **一貫性の確認**: 複数レポート間で矛盾する情報がある場合は、最新の情報を採用し、変更があった旨を記載 4. **統合サマリ**: 複数レポートの内容を統合して、期間全体の包括的な進捗状況を報告 5. **重要な変化点**: 複数レポート間で大きな方向転換や重要な意思決定があった場合は特に強調
高度な要約のための内部指示:
コンテキストには含まれていても、単なる情報の要約に留まらないように、リスクの検知や戦略的な洞察の提供を促すことで、サマリの質を高める工夫もしています。そもそも、どのような報告・サマリーが良いかという観点も重要です。
精度改善指示(LLM向けの内部指示) ## 📋 エグゼクティブサマリ生成における重要な指示 ... ### 💡 戦略的洞察の提供指示 単なる状況報告を超えて、以下の戦略的洞察を提供してください: 1. **パターン分析** - 複数プロジェクトで共通する問題傾向 ... 2. **将来予測** - 現在の傾向が続いた場合の3ヶ月後の状況予測 ... 3. **組織改善提案** ... ### 📝 文章品質向上指示 1. **具体性重視**: 抽象的表現より具体的事実・数値を優先 2. **actionability**: CTOが実際に取れる行動を明確に示す
これらの地道な工夫によって、アウトプットの品質を安定化させています。
展望|アクティビティログが拓く働き方の未来
AI-PMOの発展とアクティビティログの可能性
アクティビティ駆動型ワークフロー: 人間の「活動(アクティビティ)」をトリガーに、後続タスクをAIが自動処理する『アクティビティ駆動型ワークフロー』の実現を目指します。人間が手作業で行っていた 「検知→判断→作業」のサイクルをAIが肩代わりすることで、対応漏れや遅延を防ぎ、人間はより創造的な業務に集中できます。
個のデジタルツイン: 個人の活動ログを継続的に学習させ、思考や判断の癖までも再現。あなたの代わりに一次レビューや一次回答を行う、いわば『個のデジタルツイン』の育成を見据えています。
全社展開に向けたガバナンスの整備
全社展開には、アクティビティログの取り扱いに関するプライバシーとセキュリティ対策が不可欠です。データの利用目的を明確化し、従業員との透明な合意形成を行う必要があります。 技術的対策と組織的な方針・運用体制の両面から「AI時代の組織ガバナンス」を構築することが、今後の重要な検討課題です。
まとめ
本記事では、AI-PMOというコンセプトの目的と導入効果をご紹介しました。活動の履歴である「アクティビティログ」をAIに与えることで、プロジェクトの現状を把握する負荷は劇的に軽減しました。これにより、人間は「未来に向かってこれから何をするか」という、より本質的な業務に思考リソースを集中させられるようになりつつあります。
本稿で紹介した取り組みが、読者の皆様にとって、同様の課題解決や生産性向上のヒントとなれば幸いです。
AX部では、この他にも様々な角度から、会社全体のAIネイティブ化に取り組んでいます。ご関心を持っていただけたら、ぜひ採用ページもご覧ください。
- メールが含まれない理由は、AX部ではプロジェクトに関するやり取りをメールではほぼ実施しないためです。↩