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カカクコム社のテックカンパニー、そしてAIネイティブへの道

この記事は 食べログアドベントカレンダー2024 の25日目の記事です🎅🎄

はじめに

こんにちは、CTOの京和です。2024年4月にカカクコム社のCTOになりました。2019年の入社以降、毎年アドベントカレンダーを書いていますが、CTOとして投稿するのは今回が初めてです。対戦よろしくお願いします。

カカクコム社では2024年4月に新社長が就任し、新たな経営体制となりました。新社長からは「成熟企業からグロース企業へ」「保守的から革新的へ」「レガシーからモダンへ」という新しいメッセージが打ち出され、これまで培ってきた強みは残しつつも、より挑戦的で成長志向な企業へ進化するべく、様々な新しい試みにチャレンジしています。その中で私は「テックカンパニーへの進化」をミッションとして、エンジニア組織やテクノロジー領域で新しい挑戦をしています。

5月の方針説明会で社長が発表したスライドの1枚

テックカンパニーとは

私が掲げる「テックカンパニー」の定義は 「会社のすべての組織がユーザーの課題解決のために 技術を正しく、徹底的に活用していること」 です。

テックカンパニーの定義

会社の数だけテックカンパニーの定義もあると思いますが、私が重要視したのは大きく以下の3点です。

1. 経営理念・カルチャーとのアラインメント

カカクコム社では「ユーザー本位の価値あるサービスを創りつづける」という経営理念を掲げています。技術はユーザーの課題を解決するための手段であり、目的ではありません。自分たち本位にならず、ユーザーの課題解決のために課題を深く理解し、技術を正しく活用することが私達にとってのあるべきテックカンパニーの姿だと考えます。

2. エンジニア組織に閉じないこと

テックカンパニーと聞くと、エンジニア組織やプロダクト開発部門を連想される方も多いかもしれません。しかし、私はビジネスサイドやバックオフィスも含めて、あらゆる組織や部門が当事者意識を持ち、技術を活用できるかどうかが大切だと考えています。エンジニアの業務は多くはエンジニアだけで完結するものではありません。すべての組織の隅々にまでにテクノロジーが浸透しているからこそエンジニアのパフォーマンスも最大限発揮できるようになりますし、様々な職種同士の相乗効果によって、サービスの改善スピードや組織の生産性は飛躍的に上がっていくものだと思います。

3. 必ずしも新しい技術である必要はなく、「徹底的に使い倒す」ことが重要

同じ技術でも、使い手によってそのパフォーマンスは大きく異なります。超一流の料理人が扱う包丁と私が扱う包丁では、同じ包丁でも引き出せる能力には著しい差があるでしょう。技術の新旧ではなく、手段としての技術に徹底的にこだわり抜く、その深さこそがテックカンパニーとして最も重要な差別化要素であり、技術で競争優位を生み出すために必要なケイパビリティだと考えています。

テックカンパニーに向けての方針

取り組むテーマとしては大きく2つを掲げています。

1. スピード - プロダクト開発を圧倒的に速くする

インターネットサービス企業にとって、プロダクトは企業のコアであり、最も重要な要素です。ユーザーの課題を捉え、その課題を解決するプロダクトを設計し、届ける。プロダクトが成長するからこそ、事業も成長します。そのため、プロダクト開発の効率化と高速化は、CTOにとっての最重要ミッションであると考えています。

今年のアドベントカレンダーではそうした背景から「プロダクト開発を圧倒的に速くする」をテーマに企画され、生成AIの活用を中心にバリエーション豊かな記事が投稿されました。また、食べログのような大規模な環境でプロダクト開発を速くするためには、技術的なアプローチはもちろん、チームビルディングやコミュニケーションの最適化といったソフト面への取り組みも不可欠です。そうしたソフト面にアプローチした記事も合ったことはとても大事なことで、素晴らしいと思っています。

2. 全社業務改善 - 本質的な仕事に注力できる環境をつくる

長く続いている企業の傾向として、過去の慣習や古いやり方がそのまま残り、ムダや非効率なやり方がチリツモになっている状況がよく見られます(当社もご多分に漏れずこうした領域が多くあるのが現状です)。生成AIの登場によって生産性改善のポテンシャルが大きく跳ね上がったことで、こうした状況を変える、いわゆるDXの必要性がより大きくなりました。

もちろん業務プロセスを改善する上では業務ありきで、ITツールや生成AIという手段を優先して考えるべきではありません。しかし、2024年の今、生成AIなしに業務の未来を考えることもまた非現実的です。テクノロジーとBPRの両輪で全社の業務やIT環境を改善し、コア業務に集中できる環境を作ることがもう一つの重要なミッションだと考えています。

AIネイティブとは

企業活動におけるAIネイティブとは、 「既存の業務プロセスにAIを部分的に当てはめるのではなく、業務の根本的な設計段階からAI活用を織り込んだ形で設計し直すこと」 と私は定義しています。

具体のイメージとして、業務におけるAIの活用段階をレベリングしました(あくまで私自身の定義で、一般的な定義ではない点をご留意ください)。

業務のAIシフトレベリング

AIネイティブな状態というのはLEVEL2以降が該当します。各レベルについてもう少し詳しく解説したいと思います。

LEVEL1 -タスクの自動化-

LEVEL1は、従来のワークフローの中で人間が実施する個別タスクに対して、部分的に生成AIを適用する段階です。既存の業務フローを大きく変えずに済むため導入が容易で、ほとんどの企業ではこの段階からAI活用が始まると思います。特に、組織内でボリュームの多い業務や、生成AIが得意とする領域に対して適用するケースが多いでしょう。

テックブログでもご紹介している「生成AIによる記事作成支援において、プロジェクトの各ステップで意識したポイントと、プロジェクトを通して得た気づき」や、「工数6割削減! 生成AIとOCRを組み合わせ、店舗毎に形式が異なるレストランメニューを読み取らせてみた」と言った取り組みはこのLEVEL1に該当します。

LEVEL1のメリットはゴールイメージが明確で短期間で成果を出せるため、クイックウィンを実現するには非常によい点です。一方で、既存の人間中心の業務フローであるため、その中の特定タスクを大きく改善できたとしても、業務全体に与えるインパクトは弱くなります。

LEVEL2 -ワークフローの自動化-

LEVEL2は一連のタスクをAIエージェントが自律的に実行していきます。最近リリースされたGoogle GeminiのDeep Researchがイメージしやすいので、こちらを実例として紹介します。

今回は、Deep Researchで「カスタマーサポートに強化学習を適用して人間を圧倒的に超えるAIを作る方法」と入力してみます。すると、Deep Researchは何をリサーチするのかを計画し、8段階に分けてリサーチすることを提案してきます。

Deep Researchによるリサーチ計画の作成(タスク分解)

「強化学習とはなにか?」から始まっていることや、実現に向けたロードマップを作ろうとしていることに感心しますね。この計画に基づいて、Deep Researchは合計67件のウェブサイトを調査しました。その結果を分析し、まとめたレポートが以下になります。

Deep Researchが生成したレポート(こちらに公開しています

ご覧の通り、レポートのクオリティは非常に高く、人間がこれをゼロから作ろうとすれば少なくとも数時間はかかるものを、Deep Researchはものの5分前後で作成してくれました。

このように、従来は人間が行っていた、「リサーチ計画の策定」 → 「キーワード検索」→「検索結果の閲覧」→「複数ウェブサイトの情報を統合・整理」→「レポートの作成」 といった一連のワークフローを、AIが自律的に進めていくのがLEVEL2のイメージになります。

Deep Researchの事例で明らかなように、LEVEL2の段階になると各工程ごとで人間の介在が不要になるため、LEVEL1を遥かに超える生産性向上が実現できます。一方で、これまで人間が行ってきた業務とは考え方もアプローチも大きく異なり、抜本的な変化が必要になります。

LEVEL2を実現するためには、現状業務の延長線上ではなく、AIネイティブ、つまり業務の根本的な設計段階からAI活用を織り込んだ形で設計し直すことが必要になってきます。また、技術的にはDifyのような生成AIアプリケーションのプラットフォームの構築や、大きな問題を小さな複数の問題に分割してそれぞれの問題ごとに適切なアプローチで解いていくフローエンジニアリングのような考え方が必要です。カカクコム社ではDifyを全社のプラットフォームとして展開しており1、AIエージェントの基盤として構築を進めています。

LEVEL3 -意思決定の自動化-

LEVEL3ではLEVEL2に加えて、人間の介在なしにタスクを遂行し、完了までなされる段階です。Waymoなどの車の自動運転では、目的地を設定すれば特殊なことが起こらない限りは人が何もせずに目的地まで到着してくれますが、そうしたイメージが近いです。

LEVEL3が達成されると人が介在せずに業務が完結するようになるので、コスト構造が大きく変わります。カスタマーサポートのSaaSであるZendeskでは、「AIエージェントが人を介在せずに解決した場合」の料金プランが策定されました。2 現在は多くのSaaSがシート(ユーザー)数ベースでの課金モデルとなっていますが、今後のAIの進歩によってシート制 + AIの成果型課金のハイブリッド型に移行するサービスも増えてくると思います。

プロダクト開発においてはまだシードレベルのスタートアップですが、海外でMomenticという手動によるQAをAIエージェント化するプロダクトなどが出てきており、プロダクト開発領域でもAIネイティブ化の動きは既に始まっています。 LEVEL3の実現にはマルチエージェントといった複数のエージェントによる複眼的な確認や、LLM-as-a-Judgeと呼ばれるLLMによる評価手法の導入など、意思決定をするための評価の仕組みや誤った意思決定を防止するためのガードレールが必要になります。また、日々の業務結果をデータとしてシステムにフィードバックさせ、自律的に精度が向上していくような仕組みづくりも必須になるでしょう。

今後の見通し

Zendeskの事例のように、生成AIと相性の良いユースケースでは既にレベル3の事例が出始めている状況です。2025年はLEVEL1からLEVEL2以降へのシフトがより加速すると予想しており、「AIエージェント」は技術的なトレンドワードにもなってきています。

プロダクト開発においてもコーディングでの生成AI活用だけでなく、要件定義から設計・実装・テストなど、より広範な領域を対象とした活用事例が増えてくると思いますし、私もそうした目線でプロダクト開発や営業などの事業の重要活動領域を、AIネイティブな考え方で業務に組み込んでいきたいと考えています。

データの重要性

どんなにAIが賢くなったとしても、AIが知らないことには答えられませんし、考慮することもできません。つまり、AIの力を引き出すためには人間が適切な情報を、適切な形でAIに渡す必要があります。 一方で、現実にはデータ、特にドキュメントなどの情報は、様々な場所に散在して整理されておらず、さらに記載内容や粒度もまちまちな状態になっていることが多いのが実情ではないでしょうか。

AIが理解しやすい形で必要な情報を必要な時に取り出せるようするためには、業務におけるデータフローの整備や標準フォーマットの策定、また散在する情報を一元管理して検索しやすい形で整理・体系化しなければなりません。 また、ドキュメントを継続的にメンテナンスし、古いドキュメントや更新されていないドキュメントは削除するなど、ノイズとなるドキュメントを排除し、正確な状態に保つことも重要になってきます。

データの整備は地道にやるしかない泥臭い領域ですが、AI活用の基盤となる前提条件であり、最も重要な取り組みの一つです。


AIネイティブの概観だけでかなり長くなってしまいましたが、生成AIについては事業面での活用も含めて、具体の取り組みとして様々なものが始まっています。そうした成果も今後のテックブログで発表していければと思います。

おわりに

ChatGPTのリリースから約二年、私はグーグルの利用頻度が明確に減り、今ではChatGPTやGeminiを使うことの方が多くなってきました。特に o1 Proの賢さには驚かされる事が多く、もはやボトルネックは自分の思考速度であることを痛感しています。

数年前まで夢物語だったAGIは、既に「実現できるかどうか」ではなく、「いつ実現されるか」という段階まで来ています。PCやインターネットが登場する以前と以後、また古くは産業革命など、歴史的な技術革新が起こった際、生産性は従来の延長線上ではなく、非連続に向上してきました。それらと同様に、生成AIによって起きるインパクトは何%/何十%というオーダーではなく、何倍/何十倍と言ったスケールで考えていく必要があります。

生成AIという技術を「正しく、徹底的に活用する」ことで、プロダクトやサービスを生み出し、ユーザーに届けるまでの時間を劇的に短縮することが可能になっていくでしょう。これまで数ヶ月かかっていた開発プロセスが数週間、数週間かかっていたものが数日へと短縮され、より良いプロダクトを迅速に提供できるようになります。

カカクコム社が運営している食べログや価格.com、求人ボックスと言ったサービスは、日本中の人たちが日々使っている生活に密着したプロダクトです。カカクコム社のプロダクト開発が速くなるということは、日本中の人々がより楽しく、より便利に、より助けになるスピードが速くなるということです。私はプライベートでははっきり言って怠け者なのですが、仕事を通じて社会に価値貢献することが好きです。

最先端の技術を駆使して、日本中の人々の暮らしを豊かにする、こんなエンジニア冥利に尽きる仕事はなかなかないと思います。このような時代の転換点に立ち会えたことに心からワクワクしていますし、これからテックカンパニーとして掲げたミッションの実現に向けて、全力でコミットしていきたいと思います。